2023.09.01 空星きらめ text2
空星きらめと僕は夏休みも最後だと言うことで、プールに行った。群馬県桐生市にあるカリビアンビーチである。二人で車に乗り込み、僕の運転で一時間と少しかけて向かった。まだ暴力的に暑く、きらめはこう言った。
「これだけ天気がいいと、みんなプールに来るか〜。青い空、眩しい太陽、突き刺さる日差し、絶好のプール日和だと思わない?」
「……なあ、きらめ、なんで地球がこんなに暑いか知ってるか?」僕はまた条件反射的に衒学が口をついてでるのを止められなかった。
「ん、どしたの急に?」
「電気のようなエネルギーを作るには二酸化炭素を多く必要とするんだ。その二酸化炭素が増えると地球の温暖化が進むんだ。二酸化炭素が大気の中に増えて、そのほとんどは地球から宇宙に出ていくべき熱エネルギーを吸収してしまって、十分に熱を排出できなくなってしまうんだ」
「そうなんだ、詳しいね」
きらめは少し声の調子を落とし、返事をする。僕の言うことはいつもこうだ、ただ後に要らぬことを言ってしまったという自責の念に苛まれたとしても、自分の知識をひけ散らかす欲求には抗えなくて、刹那的空間を満たすのだ。
「ごめん」
謝っても仕方がない。なぜ謝るのだ。ずっと親しんできた幼馴染だろう。
「え、全然いいよ。なんで謝るの」
「まあ、今日は天気が晴れて良かったな」
「うん!昨日までの天気予報だと、来られるか怪しかったじゃん。どうやらきらめのお祈りが効いたみたいだね〜!」
でも、きらめは宇宙にいるんだな……そう思った。
お祈り。この交わされている対話こそがまさに祈りである。きらめとの対話。完結し、必然化された自己を中断するというリスクの上で、きらめに自分を曝すという祈り。イデアなき対話の持つ、潜在性への祈り。そしてあらゆる営為において、それ自体が齎す影響と、自己を取り囲み、降りかかる運命、因縁への祈り……。
「どうしたの。ぼうっとして」
「いや、なんでもない」
プールに着くと早々、きらめの提案でウォータースライダーに乗ることになった。
(アグレッシブだな……二人乗りの浮き輪まで用意して……)
「それじゃあ、出発まで三、二、一、スタート!」ときらめの快活な声が聞こえる。
「楽しかったな…なあ、きらめ?」
「まだまだだよ〜!飽きるまですっべり続けよ〜!」
そのあとは、流れるプールや、波のプール、施設目玉のロデオマウンテンや、室内のベンチに座りゆっくりとした時間を過ごした。
「あれ、そういえばきらめ髪留めどこやった?」
きらめの頭や、あたりを見回しても髪留めらしいものは見つからなかった。
「ごめん、大事なものだから探してもいい?」そう少し切迫したような声できらめは言う。
「ああ、一緒に探そう」
もしかして、さっきのウォータースライダーやロデオマウンテンの衝撃で落としたのか……係員に落ちていないか聞いても見つからなかった。だが、僕らは必死になって探した。
しばらくして休憩したベンチに行くことになった。濡れたプールサイドをペチペチと裸足で歩くきらめの足音が可愛くてどこか吸い込まれそうになる。
「あった〜!」
「お、良かったな」
髪留めはベンチの下に落ちていた。どうにかこうにか、僕らのプールの一日は良い結末で終われそうだ。
「ほら、きらめの肩見て〜」帰っている最中、きらめが147cmしかない身長の肩で僕の肩を突きながら言ってくる。
「お、日焼けしてるな」
太陽の光、太陽光線、この光、可視光線も紫外線と同じ電磁波の仲間。
「紫外線っていうのは、赤、橙、黄、緑、藍、紫っていう色が含まれていて、紫の光よりも波長が短いことを言うんだ。波長の短い光ほど粒の一つあたりのエネルギーが大きくて日焼けするんだ」
「へえ〜そうなんだ〜。お互い肌のケアを忘れないようにしないとね」
僕の会話は破綻を持ち込む、と思いながら、車に乗り込む。
「帰るのめんどくさいなあ。このまま君の家に泊まってもいい?」ときらめが溌剌と提案する。だが俺はアンヴィバレンスな気持ちだった。きらめ……きらめが家に来たら……。
「紫外線よりも波長が長く、周波数が低いものを電波と呼ぶ」
――そう、きらめは電波だった。
続く。