闘病日記

闘病のための日記です。一応、傷病名は自閉症スペクトラム障害、統合失調症となっております。精神障害者保健福祉手帳一級、障害年金受給者。毎日22時には更新したいと思っています。せっかちなのでもっと早く更新するかもしれません。

空星キラメキラリ

空星きらめ。彼女は、スレンダーな体型で、顔色はやや青白く、肌ざわりが柔らかそうな少しグラデーションがかかった濃紺の厚手トレーナーを着ていた。
教室は喧騒を帯びていた。やがて、「合唱祭に向けての練習があるんだった」と言い放ち、彼女は教室を飛び出した。あまりにもずんずんと走ったので、練習より先に着いて、音楽室のある二階では、誰かがピアノの練習をしていた。ショパンの24のプレリュード第七番,Op.28だった。時々間違えながらゆっくりと弾いていた。空星きらめという名前は、同じく第七番目の星である地球を舞台にした星の王子様から取られていた。

ピアノの音を遺漏なく聞いていたが、きらめの音楽的野心は合唱団に絞られていた。彼女に決心させたのはやはり〝歌〟であった。この高校を出た後、きらめは国立音楽院で学ぶと主張していた。「音楽は私のものではなく、私に向かってくる黒い楽器のものなのだ。しかし、それに対して私が歌うとき、私の身体はパイプオルガンに変わり、私は音楽になるのだ」

それを信念にして、いつか大舞台に立つことを夢見、彼女は歌に情熱を傾けていた。そんなある日、彼女はvtuberというヴァーチャルの世界に出会う。YouTubeなどのプラットフォームにける配信活動には開口部があり、内と外の仕切りが無効になる空間を現出させて、いつでも〝私〟が忘れられないような物語を作ることができる。きらめの行き先は観ている人の記憶に委ねられるべきであり、それを後押ししてくれる装置としてのヴァーチャルな世界。そうしたものに可能性を見出したのである。親密な自分の居場所に、〝自分の望む形で〟導くものの侵入を受け入れる。「ヴァーチャルな世界だったら、私は何か自分のやりたいことを見つけられるかもしれない」そうきらめは言う。

 

合唱の練習が終わり、きらめは金魚坂めいろの墓参りに行った。そこで、空星きらめと湯田ねるが出会う。
湯田ねるが後から桶と柄杓を持ってくる。その間、きらめはお祈りをしている。
湯田「あら」きらめは気づく。
湯田「知り合いですか?」
きらめ「はい、まあ……」
湯田「どういう関係…いや、聞かないほうがいいのかな」
きらめ「私はこの方に救われてきました…ので」
湯田「救われてきた?」
きらめ「彼女は言ってしまえば、ヴァーチャルな世界で、生命を産むデータ。私の苦しい時代に親切心で心を尽くしてくれました」
湯田「あの、名前と年齢を聞いてもいいですか?」
きらめ「空星きらめです。十六歳です。王子の高校に通っています」
湯田「もしよろしければ(名刺には湯田ねるが勤務するクリニックの住所が書かれていた)」
きらめ「はい。これは…?(クリニックの住所を指差す)」
湯田「これは私の勤務してるクリニックです。ここでいつも何をしているんですか?」
きらめ「太陽神経叢のようなものの調整」
湯田(この子十六歳なのに難解な言葉を使うな…)「私のクリニックには感情センターという施設がありますし、作業療法などで気を紛らわせることもできますよ」

急に天候が悪くなる。

きらめ「人を食っ……」
湯田「え?」
きらめ「今日はそろそろ帰ります」
湯田「そうですか。気をつけて帰ってくださいね。お家はここから近いんですか?」
きらめ「はい」
湯田「では、ぜひクリニックに遊びに来るだけでもいいので来てくださいね」

翌々日
きらめは湯田ねるのクリニックに行く。
きらめは受付で湯田ねるはいないかと聞く。今は、ミーティング中だと話す。その間、きらめは待合室で待っている。
湯田ねるが登場する。
湯田「あ、きらめさん、よく来てくださいました」
きらめ「相談したいことがあるんです」
湯田「相談ですか?」
きらめ「私、(ここで言葉が詰まる)私、人を、人を食べたんです」
湯田「人を食べた…?」
きらめ「野原を駆け回り、人を貪り食いました。それも獣のようなやり方で」
湯田「(妄想を疑う)それはどういう経緯で?」
きらめ「それはわかりません。でも、でも、獣になって確実に食べたんです(興奮しきった声)」

湯田「人を食べた?きらめさんがですか?いつ、どこでですか?」
きらめ「どこだかは覚えていません。しかし、鮮明とした記憶があります」
湯田「(きらめさんには私ということができ、知覚されたものが〈獣〉という形で現実的性格を帯びることがある。その意味では、分裂している感が伺われるし、記憶はないと言っている。これはどういうことか…)

 

ヴァーチャルな空間において仮象化していく自分。空星きらめのもう一つの自我であるナワルが、ヴァーチャルの世界を徘徊している。それがどういうわけか現実世界に具現化している。それは現実と仮想空間の境界線がぐずぐずと崩れ落ちていくことの現れである。

 

きらめ「空星に咲いている一輪の花を愛していたら、空を見上げるのは、心の和むことだよ。星という星全部に、花が咲いているように見える……(きらめは星の王子さまの句を口づさんだ)」