闘病日記

闘病のための日記です。一応、傷病名は自閉症スペクトラム障害、統合失調症となっております。精神障害者保健福祉手帳一級、障害年金受給者。毎日22時には更新したいと思っています。せっかちなのでもっと早く更新するかもしれません。

2023.03.19


鬱病とはどういう状態なのか僕にはわからない。
緩慢に生気もなく文字を打っている。
以前、精神科に行った時、「鬱病なんですよね」と言ったら「鬱病じゃないですよ」と一蹴された。
きっと僕は鬱病というものに自分を紐帯させたかったのだと思う。
鬱病であるという自分自身の意見を言った時、鬱病でないと判断され、鬱病ではないというレッテルを貼られ、鬱病という体験を符号させることができなかったのだから、背後に潜んでいる様々な理由など理解することはできない。これは「狂気をくぐりぬける」という著書にも言われていることである。
「自分が病気でなければ自分が何者なのかわからない」その感触は今はもう薄れているが、そういう思いもある。
僕はもう「終わり」を感じている。逆に、これを鬱病だと判断されたとしても、もうどうでもいいほどには落ちている。
自分の肉体を感じると、火急的に消えたくなる。もう取り返しのつかないような肉体に身の毛がよだつようだ。格調高い言葉で語る厚顔さはもう毛頭もない。それによって癒されることもない。もう、完全に〝どうでもいい〟のだ。

6年程前に出会ったイラストレーター、漫画家と話をした。
僕は「ゴーストピル・ウィルダーネス」という作品を構想していた。

俺「今まで人に言われてきたデータ。データは全て中身に行く。吸収される。出さなきゃいけない→ゴーストピル(ゴーストピルとは錠剤の幽霊のことだ)
ゴーストピルにどうしてなっているのかっていうのは、気づいたからなんだよね。アルキメデスエウレカと類似しているかな。
壊れたから、変わった自分になる。
抜け殻、になっているんだよ、今までとは一風変わった俺になっているんだよってのがゴーストピル。
で、そのゴーストピルが荒野、英語で言うとwilderness(ウィルダーネス)、なんだけどそのゴーストピルがまた中身に戻っていくのか、そうじゃないのか、というのが描きたくて、フューチャビリティって本によると、現在の世界構成の中に書き込まれた中身=可能性=内在的、いわばそういう時代だよなっていう、全人類統合失調症っていう感じはする。だが、ゴーストピルってのは自分で気づくことでしかなれないものだから。だから俺は調子が変わった文体で最初喋る」

これがゴーストピル。なのかもしれない。

俺「段々それが明らかになってきて、その中身、中身っていうのが物語に関わってくる。中身っていうのが本当なんだって言うことを俺は言いたくて、中身っていうのはどこで形成されたのか、とかどこで生まれたのか、中身は他人が薬なわけよ、暴論かもしれないけど他人が薬となって吸収されているみたいなイメージ。そう、人格形成。性格って今まで受容されてきた自分っていうのの寄せ集めなんだよ。それって文脈が変わることで変わっちゃうんだよね。壊れて、中身っていうのが他人っていう薬に侵されて、ゴーストピルが行動してて、中身にいつ戻っていくのかって話」
相手「再生の話でもあるかもしれないよね」
俺「そそそう(笑)再生の話でもあるっていう」

俺「俺さ、頭が、おかしい人が好きなんだ、だからゴーストピルって言うのは、最初に書いた方がいいのか、後から書いた方がいいのか迷ってんだよね、その、人格が変わるわけよ、だから、その………でも登場人物がいるからな」
相手「初めは普通に日常送っててみたいな感じかな」
俺「日常を送っている自分はすごい病んでいるというか、なんというか、あのー、本当の自分ってのはよくわかんないんだけど、本当の自分ってのもテーマなんだけど、その………そこまで構想まだ至ってなくて、やっぱりダメだったってのが俺のキーワードなんよ。ファウストの一部でさ、牢番の頭をぼんやりさせ、鍵を手に入れ、馬で逃げるため、ファウストが房内に入り、グレートヒェンを助けに来る。獄屋の鎖を解こうとしている」

俺「しかし、グレートヒェンは言う「ここへ出て、永遠の寝床に行くのね。首斬台に連れて行かれる。その首を切り落とす手斧の刃を、みんな自分達の首筋に感じている。世界は墓場のようにしんしんとしている」そして最後にはグレートヒェンは裁かれ、ファウストたちは退場する。やっぱりダメだった。こういう現実を描きたい」

俺「何してたんだ今までってなったのよね。ってことはデジタルに自我とかが移行している段階にまで来てて、で、そこで結構飛躍するんだけど、どこの文脈にいる、いた。そして俺は今どこにいるって感じになった。で、これが病気なのか、〝内包されたデータ〟これが病気なのよ。病気としての媒体なのよ、Twitterって。内包されたデータってわかる?」
相手「例えば?」
俺「その自分が今抱いているデータ、病気って、今俺が2023年3月14日19時40分に持っているデータ。意識っていうのはコンピューターに囲い込まれている。記録されているもの以外ないんだよ。例えば、2021年9月28日にラーメンを食べましたって画像付きでTwitterに上げたとする。それ以降、ラーメンを食っているツイートをしてない場合、2021年9月28日以降、俺はラーメンを食ってないっていうことになるんだよ。これは現象学でいう原信憑のようなものだと思う。信じられるための素材になってるわけなんだよね」
相手「あー、なんとなくわかってきた」
俺「うん。もうそれは画像であったりするわけなんだけど、それはもはや病気だよねっていうのが今の時代で、それになんの意味があるのかがわからなくて、俺が思うのは〝それだけになってしまった人間〟って本当に最悪な状況下に置かれているなって思ってる」

 

僕はもう頭打ちだ。酒も飲んでいる。もう誰とも会いたくない。このまま枯れ果てていくか、本当に自◯を考えている。

「癌も癌が寄生している人間が消費され尽くされると成長は止まる」ダグラス・ラシュコフの言う通りだ。代謝代謝代謝………。

自◯のことばかり考えている。もう終わりでいい気がする。僕はゴーストピル・ウィルダーネスを書くか、自◯するか。

俺は今自分の心身を稀薄にしてくれるものを望んでいる。酒、薬………こうなったらもう捨て鉢で、どうでもいいのではないか。

忌まわしい死を告げましょう。