闘病日記

闘病のための日記です。一応、傷病名は自閉症スペクトラム障害、統合失調症となっております。精神障害者保健福祉手帳一級、障害年金受給者。毎日22時には更新したいと思っています。せっかちなのでもっと早く更新するかもしれません。

2020.09.08

精神科の帰りに、というより今日はこちらが主な目的で、不動産屋に来店する。入居申込書を机に置き、「お部屋はご覧にならなくて大丈夫ですか?」と厚化粧の若い女性が聞く。「一階ですよね、一回住んだことがあるので大丈夫です」と僕は言った。火急的な勢いで決めたかった。もはやもうすでに鍵を貰いたかった。
「今はお家出られるっていうのは何か理由が」と表層的な笑いで聞いてくる。
「仕事、在宅の仕事で家だと差し障りが」と答えてしまった瞬間、しくじってしまっかなと狼狽えた。
「じゃあ今は在宅の仕事をされてる…?」
「そうですね、これから」これからと答えてしまったら有職者にならないから今度こそはしくじってしまったと思ったからすぐに有職者になるために言った。
有職者限定なんで、今はドン・キホーテで働いています」
「これからは自分でお仕事をする?」
「カウンセラーみたいな感じです」
「収入はどれくらい…?」収入の話になった。
「大体七万五千円から八万円くらい」
「八万円…ちょっと審査の方がもしかすると難しいかもしれないです年収でいうと、一応審査出してはみますけど、収入がある程度ないと、保証会社さんの審査が必要になってくるので、家賃が払えるのかどうかというところになってくるので、一応出してみてにはなるんですけど、大丈夫ですか?」
有職者だから職を持って入れば、という話で収入など考えてもおらず、入居可能だと思っていたので、このまま事態が転落していくのだとなんとなく悟った。
「はい」
「金額的にはちょっと難しいかもっていう…ところです、はい」

「大丈夫ですか?出すだけ出してみるっていう」
危機感を覚えた僕は素早く「両親の手伝いっていうのは考慮に入れられるんですか?」「自営?」と問われる父。「なんのお仕事?」「建築です」
「お給料をもらっているっていう給与明細みたいなのがあれば、仕事してますっていう感じにはできるんですけど、ただ、親子なので、働いてますってだけだと難しいかな」
「どのくらい今お勤めしてからって」と僕に振られる。
「大体三年くらい」と嘘をつく。
「金額的に言うと、150万円くらいある方だと通ってる方もいるんですけど、八万円くらいになってくるとなんともっていうところ」
(僕は焦りから語気を少し強め「給料全体ですか?全体だったら16万円くらいです」とまたもや嘘をつく)
「そ、それは何が違う…?」
「あ、スーパーと、ドン・キホーテ…」
「あ、二つやってる感じ?」
「ダブルワークなんで」
「なるほど、であれば、どちらもその働いてるよっていう内容出していただければ大丈夫なので、合算で大丈夫です。契約の時には……源泉徴収ってもらってますか?」
(この時点で僕は入居することは不可能であると見込んだ、もう完全に)
「今ネットになっちゃってるんで」
「ネットでプリントアウトで出すとかはできますか?」
「できないと思います、完全にデジタルになっちゃってるから出したことない…」
「そうなってくると、収入の証明、所得証明を今度は出してもらう感じになるんで」
(完全に無理だ)
「必ずそれないとダメなんですか?」
「何かしらそのちゃんと働いてて収入がちゃんとありますよっていうのを書類が出せないと、やっぱり口頭だと、わからないので」
「親で代替できます?」
「ご両親は学生さんとかだったら大丈夫なんですけど」
「あ、学生です」とまたもや嘘を吐く。
「が、学生さんなんですか?えーっと、ごめんなさい、学校はどちらに?」と笑う。
日本福祉大学
「に通ってる感じ?」
「いや、オンデマンドで」
「学生さんであれば、ご両親のご契約でも大丈夫」
「ただ、学生さんの場合って、大学に通うためにお部屋を借りてる感じになるじゃないですか、なんで学校が近くっていうのが、その、通うために借りるっていう感じになってくるので、そうするとネットでってなってくると、学校自体は通うとかではないんですもんね、学校はどちらに?」女性は絶えず笑いながら説明するので気に触る。
「東京です」
「まあ、出してみてにはなっちゃいますけど、もしあれだったらお父さんで、お父さんの収入の方が安定しているっていうのであれば、審査的にはアルバイトとか収入証明出せないってなっちゃうと、お父さんの方で出していただいた方が、まあ安心かなっていう感じにはなります」
「学生証とか必要ですか?」
「そうですね、大学生であれば、学生証の方もコピー取らせていただいて」
日本福祉大学を退学した時、学生証を送り返さなければよかったと強く思った)
「ちょっと学生証紛失しちゃいまして」
「紛失してる?そうですねえ、紛失してる!?どうしましょうねえ、何かしらこう証明なるようなものが、やっぱり今の時代なんでも書類書類なので、書類自体がないと審査自体が進まないっていう感じになってきてしまうので…学生証再発行とかは?」
「できないっぽいですね…」
「できない?多分学生証であれば、大学に言うと再発行してもらえるんじゃないかと思うんですけど」
「ああ、障害者なんで…」何も考えず捨て鉢になった。「多分…年金があるんで…それで賄っていくっていう手段もありますよね」
「うう、ごめんなさい、また話がえっと変わってきちゃうんですけど、障害者年金をもらっている?」
「はい」
「えっと、障害っていうのはどんなもの…?」
「精神的なもの」
「ああ」と相手はまるでビールジョッキ片手に一杯目の酒を飲んだ時の爽快とでもいえるような反応をする。「になっちゃうと、お部屋自体がオーナーさんの方でぇあの〜NGになっちゃうんですね、で、あの、保証会社さんの方もそこが結構厳しくって今あの精神的にっていうところだと審査自体がその時点で収入どうこうの前にNGになっちゃうんですよ」
障害者であることに差別を受けたという敵愾心と放心とでわけが分からなくなっていた。「あの、例え話なんで聞き流してもらって」
「例え話…ではないですもんね!?」と大笑いする。
「いえ、例え話です。“メタファー”ですね」
「お話がちょっと、んーどうしましょうねえ」考えたふりをしながら相手は笑う。
「お父様に…」
「でも学生証が出せない…?」
「学生証あるかな、今ちょっと出しますね」と、どうせバレるのに、2020年3月で期限切れの学生証を出す。
「これって3月31日で切れちゃってるというのはどういうことなんですか?」
「あ、留年してるんです」
「そうすると、次のがまた出てきますよね、これだと」
相手の言葉を遮り「更新してないんです」と言う。
「それだとこれ自体が有効じゃないですよっていうものになってしまうので、出していただいても使えないんですね」
「じゃあどうしたらいいんですか僕、しんだら、死んだらいいんですか?」
素通りし、「んーそうですね、ちょっと今お伺いした感じだと、(本当に本当に嫌味のように笑いながら)障害年金の話もそうですけど、それはどういう?」
「あの、ただ単に浮かんだだけ」
「ただ、その辺を聞いてしまうと、うちとしても、浮かんだだけでお話をされちゃうっていうのも、信頼してのどうこうっていう話になってきちゃうので、やっぱりこう、あることはお話していただかないといけないですし…」
「ないです、完全にないです」
父親が水を差すように言う。「でも今の条件だと学生証もないし、収入も足りないから、まあ無理だってことなんだね」
「うちでご紹介する物件だと、全部保証会社が入ってって厳しくなってしまうので、今お伺った感じの条件だとちょっと、あのー難しい、審査自体が、難しいかなっていう」
「はい、わかりました」と父が言う。「そういうことだ」僕に向かって言う。
「僕、もう自殺しようか」と言うと、父親が腕を取る。「そういうことじゃないんだよ」
「また違うところ当たってみます」「はい」父と不動産屋の会話が成立する。
「違うところ当たるんじゃなくて、ここで」と言いかけると、「ここはダメだっつったよ保証会社が通る…云々」「そうなんですあのー書類自体がー」グルになって吠えてくる。専有された物件。周りがあたふたする。
「物件はここじゃないとダメなんですよ僕」
「ここは“借りられない”審査が通らないので」
「審査が通らないのは確定してるわけじゃないですよね」
「ただ今お伺いした条件だと…」とまた笑って喋っての堂々巡り。「ご本人様の内容だと難しい、で、お父さんの内容だと、大学に通っているその証明が出せないっていうお話なので、それだと難しいので、ここは借りられません」
冷静を保った平板化した声で「借りられるパターンもあるっていうことですよね?」
「今お伺ってお話した通り、ここは難しいので、もしお部屋を借りたいっていうのであれば他の不動産屋さんで持ってる物件とかで審査とかが甘いところもあると思うので、そこでちょっと検討していただけると、借りられるところもあるかも」かもを横滑りのように発音する。
「もしかしたら借りられるかもしれないということですよね?」
「ここは“だめです”無理です”」
「なんでですか?」飽きるまで会話してやろうと思った。
「今の状態だと…云々」と繰り返し。
「審査が通るか通らないかじゃなくて、審査が通るっていう場合もあるってことですよね?」
「もう通んないんだってよ」と父親が怒鳴る。
「通る“可能性”があるってことですよね?」
「“ない”です」
「可能性のためにここに来てるってことですよね、ご自身の今の実存としましては、可能性としての世界としてここにおるっていうことですよね」
不動産屋は困ってなんと話たら良いかこの話が通じない相手に黙っていた。
父が「いや、話を聞いたけど、証明も出せないし、ちょっと無理ですねっていう話になったの」話をまるで一から聞いていなかった子供に話すように言う。
「そうか…そしたらオープンダイアローグの介入が必要になるな…」さっきまで笑っていた不動産屋は完全に黙りこくっていた。
「とりあえず、じゃあ、すいません、わかりました」と父親が帰るように不動産屋に言う。
「ていうことは、つまり、契約できるっていうことでいいんですよね?」
「“できない”んだってば」父親が怒鳴る。
「“できる”んですよね」
「“できない”の」
「“できなくはない”んですよね?」
「“できない”」口を揃えて言う。
「それ、数の暴力じゃないですか。腐食される個人の自由、ゆえに暴力として働いている…」
「じゃあ、悪い、審査通してもらって、また改めてダメですって返事をしてもらっていいですか?」と父は、この俺、〈欠陥品のロボット〉の前で言う。
「書くだけ書いてということですか、ただあの、書類自体がないお話なので」と不動産屋がいう。
「書類はあります。脳みその中に」
「ダメなんだよそれじゃあ、きちんと文章として出さないと」またもや見えないリードを引っ張るように、父親が怒鳴りつけるので、「なんで怒られなくちゃいけないの」と怪訝な顔をしながら言う。「俺は家族から逃げたいから…ここにこうやって…」
わちゃわちゃまた話を二人で浴びせかけてくる。
「俺の価値観とか物語とか、ストーリーテラーの問題で」と俺は言う。
「だけどそれは実際問題付いて回るものが付いてないとそっから先には進めないんだから、頭では思ってても」と父親が言う。
「頭では思ってないよ。“あいだ”として思ってる」
「ん?」
「“あいだ”として」
「だからその間を繋ぐのもきちっと約束事をやらないと、うん、手には入らないっていうことなんだよ」
「東京に行くとか、相模大野行くとか、新中野行くとか、そういったところで考えてみるか、もしくは、ここら辺の物件を探すとかっていう風になって来た場合ね、また不動産屋に行かなければならない」
「俺はこれから予定があるからね」と父親が言う。
「じゃあ、即決で決めてもらっていいですか?ここで」
「だからここはダメなんだってば」
「ダメじゃないでしょ」
「ダメなんだって」
「それは言葉の運用方法によって、ダメかもしれないけど、シンタックスをなぞるならば、別にいいっていう文脈の奪格もできるわけだよ」
「どういうこと言ってんだよお前」と父親に漫才を締めてもらったところで、僕は「ありがとうございました」と席を立つ。

不動産屋を出て車の中。

「なんの予定があんの?」
「歯医者」
「どうしたらいいと思う?」
「何件か聞いてみるしかないじゃん、あそこはもうダメだよ…云々」

「………そういう注察感があるわけなんだけども、もう病院に行くしかないんかな、また入院するしかないんかもしれない、ひょっとしたらまた薬を繰り返してしまうかもしれない、ひょっとしたら、お父さんが歯医者に行っている瞬間、俺はドン・キホーテに行ってコデインエフェドリンの入った物質を大量摂取して自殺してしまうかもしれないという可能性を持っている」
「俺が歯医者に行くな、不動産屋探せって意味か?」
「いや、そういう風に捉えるのは主観性の問題で自由だけど、僕は違うと言うことしかできない」
「………まあ薬でもやるわ」
父親は何も言わない。
「フランスにでも行けばいいのかな?」と俺は決して跳躍しないが、そういうことを言う。
「知らないよ、俺はそう言うことは、そんなこと考えたこともねえ」
そして俺は「人生にとって危険」だとか「構造的に危険」だとか父の強迫性について話す。ところで、父親はずっと押し黙っている。
口を開く。「お前に強要されて、はい、全てわかりましたっていうのは違うと思うんだよな」

家に着き、ドン・キホーテに行くことを告げるが、父親が「俺が行くなって言えば行かないのか?薬をやめろって言えば、やめるのか?」という旨の話をする。俺は少し考え込む。そして父親の提案により、健康福祉センターに行くことになる。

またもや車の中。

「薬をやることは悪いことだと思ってる?」と僕は聞く。
「薬?薬は症状に応じて飲むのはしょうがないと思うけどさ」
「いや、大量服薬」
「そこら辺の話はいくらなんだって、人それぞれの考え方になっちゃうもんね、薬っていうのは適量飲むようなもので、俺はたまたま飲まないから」
「どう考えてもさ、自分が悪いんじゃなくて、世の中が悪いっていう考え方になってしまう、さっきのやりとり見てそうだと思うけどさ、障害者だけであんな扱いされるのはちょっとおかしいんじゃないかな、なりたくてなってるわけじゃない、世の中が誤っている、世の中を誤っている方向に持っていきたくないってクワトロ大尉が言ってた」
「そこで生きていくしかない人間はどうしたらいい、それでも生きていかなきゃならない人間はどうしたらいいんだろうね」
俺はカミーユの「人の心を大事にしない世界を作って何になるんだ」という言葉を思い出せずにいた。父親と俺はガンダムが好きだった。
「翼みたいに社会が悪いと思ってても実際俺だって生きてるわけでさあ、そういう人はどういう風にするんだろうか」

父と、年配の女性の保健師と相談室に入る。

「病院を変えたいっていうのは?」と保健師が言う。
「一般的に精神病理学と言われているものをやりたいんだって思われていたらしく、その反精神医学という1950年代の思想運動のことについて記述した著者が開設したクリニックに行ったところ、同じような対応しかされずに戻ってきたんですね、地元の病院に」
「〇〇病院に通ってたんですけど、その治療方針が本人に合わなかったみたいで、川崎市にある病院、自分で調べて先週そこに一緒に行ったんですね、そこは自分に合っているんじゃないかと思って、自分で見つけて、やっぱり自分が思ったような対応じゃなかったんで、今日また〇〇病院また受診して、というところなんですね、だからその、それに対する治療ほう、しん、じゃなくて治療方針……?が合わないということで他の治療方針にしたい?」と父親が懇切丁寧に説明するが、ぎこちなくなっている。
「となると、精神病理というものにですね、携わっている先生が自治医大にいると言われたんで、自治医大の先生にかかった方がいいんじゃないかって〇〇先生から言われたんですね」と僕はいう。そしておおよそ相手や父が理解できないであろう言葉を、衒奇運動のように長広舌を振るう。
「で、こちらにおいでになったっていうのは?」と保健師も訳がわからなくなり、返す言葉はそれである。
「調子がやっぱりよくないみたいで、今すぐにでも病院にかかりたいって今さっきもそういう話になったんで」と父親が言う。
「調子が良くないんですね?」と保健師
「すこぶる良くないですね」
「調子が良くないんだったら、やっぱりお薬中心ですよね、一般的にね、うーん、それはちょっとここで相談されてもどうしていいかわからないんで、やっぱり今かかっている先生と相談の上、まあどうするかという感じだと思うんですけどねえ、申し訳ないけど、個別の治療に関することってやっぱりお医者さんのお話になっちゃうと思うので、お医者さんによく相談していただくしかないと思うんですよねえ」
「まあ、医者に行ってそういう感じだったので、どうするかは逆によく考えてくださいって逆に医者の方からはそういう話なんですよ、以前も行き詰まってここに来てやっと病院見つけてもらった経緯があったんで、あと青少年相談室でも何かあったら治療方針とかも納得できないんだったらここに来てよく話し合ってくださいねって言われたばっかりなんですよ、この間」と父が言う。
「はい、でも、ちょっと、あの、治療方針ってなると、やっぱりまずは他の病院ってことになってしまいますから、治療方針とか治療とか診断っていうのはお医者さんじゃないとできないことなんで、申し訳ないんですけど」と保健師が低い声で淡々と言う。
「それに対するどこか病院、あのー、ここだったらいいですよって言うアドバイスとかも」と父。
「んーーどこも同じだと思います。正直、あと一つは相性っていうのがあるし、あとそんな突飛な治療をやっている病院っていうのも、ちょっとごめんなさい、情報がないので、申し訳ないんですけど、なんで、何が今一番お辛いかっていうのをよく主治医の先生と相談の上」
「それをやってもダメだったからここに来てるんですけど」と父。
「そうすると、ダメだった以上の………」と保健師は表層的に困る。
「やっぱ、じゃあ、あの、直に、自治医大でもどこでも、東京の方にだったらあるかもしれませんなんて先生言ってて、じゃあ自分でそれ調べてくださいって言われても調べられるわけないんですよこっち素人なんで、で、向こうは向こうで探してくださいって言われて、市の施設に来れば来るで先生に言ってもらわないとわからないと言われて、先生に言ったところで先生もまた自分の判断でやってくださいって言ったって結局なんの話の進展もなくて」と父。
「もしかしたらこういう言い方しちゃ失礼ですけれども、“求めるものはない”ということが結論かもしれないよね」
「そういうことはどういうことですか?生きてる意味がないっていうことに…」という父親の言葉を遮り、保健師が「じゃなくて、あの、期待するような、期待するような…いけるところ…が…」というモゴモゴとした喋り方に黙っていた僕が口を開く。「求めるものがないっていうのは求めているけれども、対象がないっていうことですか?」
「なにか精神病理?ですか?私もちょっとなんだかちょっとわからないんですけど、そのなんとかの治療をすれば今の苦しい状況が解決するんじゃないかって期待を持ってどっかの病院って言ってるわけですよね?」と保健師。「そしたらもしかしたら期待通りの結果が得られる、ここですっていうところが、誰もわからない、ということで」そして僕は人称の話を突然し出す。
「すみません、私、私、個人としてはごめんなさいです」と保健師
「何がですか?」
「わかんないです」
「わからない?それはあなた個人がわからないのであって、ネットワークがあるわけじゃないですか」
「ネットワーク?ないです。あったとしても治療ってやっぱり、その人に合う合わないってその人じゃないとわからないこともあるじゃないですか、だから行ってみないとわからないっていうのはあると思うんで、ここがいいとか悪いとかっていうのはちょっとここでは」
「例えば、そのトランプみたいに」と言い出したところで、大統領のトランプと勘違いして、時事問題について急に語り出すのではないかと思ったかのように、父親が苦笑を漏らす。「いくつかの中から選んでみたいなことはできないんですか?」
「ごめんなさい、県内にどこが精神病院が投稿してますっていう一覧をお渡しすることはできるけど、その中でどこが、いいですとかどこが求めてる病院ですっていうのは私には判断できない」
「たまたま相性が符号することに掛けるしかないってことですよね」
「そうですね、求めてるものを提供してくれるのかっていうのはやっぱり行ってみないとわからない」
「まあ茶化して言えば、賭博ですよね」
「まあ、行ってみないとわからないっていうことになると思うんです」
「じゃあ、賭博ということでよろしいですか?」
「まあ一覧ね、前個人が電話しても、予約でいっぱいですから二ヶ月三ヶ月…」と父。
「あの、それはどこの精神科病院も一緒です。初診の予約は一週間か、二週間後じゃないと診れないっていうのはどこも同じだと思います」
「こうやってあの救われない命っていうのはたくさんあるでしょうから…」と僕は急に堰を切るように喋り出す。「まあ、無名の人間たちが歴史を動かしてきたにも関わらず、モニュメンタルなね、歴史にしてしまうのがあなたたち保健師であるということを」
カントリーマアムでも食っているのかと思うほどモゴモゴしながら保健師が「申し訳ないんだけど」
「例えば、明日僕が自殺したとしてどう責任とるんですか?」
「自殺のご心配があるんだったら逆に今行っている〇〇病院の〇〇先生のところにその自殺するくらい調子が良くないんだっていうのを、言って、入院とかね、検討してもらうとかそうするしかないんじゃないんですか?」

「そんなに、ね、自殺しちゃうほど調子が悪いんだったら、緊急の医療っていうのをしていただく、主治医の先生に相談するしかないと思います、申し訳ないけど」

「今入院したいっていう感じなの?」と保健師が僕に聞く。
「入院したいと思ってないですよ」
「何したいの?」
「え」
「入院したい訳ではないんだよね?」
「は、なんで入院が出てくるんですか?」
「だって、すごく状態が悪いっていう風に」
「はい、すこぶる調子が悪い」
「死にたいぐらい状態が悪いんだったら、通常一般的にはやっぱり入院して、安静にするなり、治療中心に」
「でも“幸せになれる方法”知ってるんで、大丈夫です」と高飛車に僕は言う。
「ああ、そうなの」
「どうするよ」と父親は僕に聞く。
「薬大量に飲むわ」
「だからそれじゃだめなんだっつってんじゃん」
「いや、それでいいんだよ、誰が止めようと、俺はそれをする権利があるから」演者のように言う。
「こういう時はどうしたらいいですか?」と父親が急に白痴になった子供を見て言うかのように、保健師に聞く。
「大量服薬をしそうだっていうことでしたら」
「いや、何回もやってんですよ」と父。
「大量服薬っていうのも、ある意味ちょっとこうコントロールが良くない…」
保健師の言葉を遮り僕は言う。「いやいやいや、精神科医はみな、そういう物質を自分に投与するっていう権利があるんで、権利上…」保健師が口を挟み、「大量服薬を止められないっていう状況だったら、〇〇先生にそのことを親御さんから…」「だから話してありますって」とイラついた声調で父が言う。「だけど、今すぐ目の前でこうなっちゃったらもちろんお互いにどうしようもないじゃないですか、だって、実際」

「ただね、何度も思い通りにいかないっていうことはままあるっていうレベルじゃないんですよ、全部思い通りにいってないんですよ、最近、それで、まあ、ね、そういうセーフティーネットですから」と混線してる頭から出てきたのはそんな言葉だった。

「大量服薬しか方法がないぐらいの状況だったらやっぱり精神科の方で少しゆっくり入院するとか、そういうことを検討した方が、いいかもしれないよね、違う方法で課題をどう乗り越えるか考えるためにもね」「ね」をバネで飛んだ物のようにして保健師は言う。「不健康だよね、大量服薬で対応するっていうのはね」
「何が不健康なんすか?」
「大量服薬で、要は、自分の体を壊したり、危ないことをするわけだよね、問題を、対応するために、その対応方法っていうのは、不健康な対応方法でしょ?」
「僕がですか?」
「うん」
「僕じゃない人に言ってくださいそれは。僕には全く関係のないことだし、僕はそういう風なことをする、大量服薬をしてしまう人のことを、すごく残念に思うし、すごいそういう人たちって、可哀想だなって思うし、それしか方法論がないんだなって思ったら尚更可哀想な気持ちになってしまうし、僕はもうそれに耐えきれないです。だから、本当に大量服薬をする人っていうのは、誰かにケアしてもらう必要があるなと思いますね、そういう人は多分、大量服薬しか、まあ一縷の望みとしてその大量服薬をするわけですから、それしかもう、要するにそういう人っていうのは、ね、視野が狭くちゃっちゃってるんでね、どうしても視野が狭くなっちゃって、その物質にしか、要するに、人間ってのは依存体質なわけじゃなくて、いや、違う、人間が依存体質で、依存物質ではないんですよ、物質が依存っていうものを持っているわけではないんですね、だから僕が言いたいのはそういうことをしてしまう人っていうのは、やめなよ、ってちゃんと止めてあげて、大量服薬するんじゃないよって思いっきり頬を叩いて…」
さっきから僕の話をうん…うん…と聞いていた保健師が口を開く。「あなたはどうしたいの?」
「大量服薬です」と僕は即答する。
「でもお父さんはして欲しくないですよね?」
「まあさっきも言ったんですけど…」と父。
「やっぱりそういうことはして欲しくないし、命に関わることだから、仰る通りそれしか考えられなくなっちゃうっていうのはすごい不健康なことだと思うんで」
「“メタ的”な大量服薬です」
「ごめんなさい、難しいことはわかんないんだけど…」
「何を、どうしたら、いいんでしょう?」保健師はもう退きたくて退きたくて仕方がないように言う。
「わからないから来てるんです、ここへ」と父親がイラつく。
「私もわからないですけれど…」急に片言になったかのように保健師は言う。
「療養をしたい?」
「大量服薬をしたい」
「大量服薬はしない方がいいですよね」
「僕は大量服薬をしちゃう人がいたら、絶対に止めますね」
「ですよね」
「だって、しちゃいけないですもん、そんな、薬を大量に飲むなんてことは」
「そうですよね、そうそうそうそう」
「だから僕は大量服薬をしたいんです」
「止めるためにはどうしたらいいのか」
「止めるためにはどうしたらいいのかっていう方法論を考えたときにはやっぱり大量服薬になっちゃうんですよね…」
「大量服薬は止めた方がいいですよね?」
「そうだから、僕はね、だから他人が大量服薬をしそうになっちゃったら絶対に止めないですよ」
「止めないですか」
「だって、自由ですから」
「ああ、でもお父さんはそういうことして欲しくないって思ってると思いますよ」
「いや、思ってないかもしれない」
「思ってるからこそ、こうやって一生懸命、相談して来てくれてるんだと思うよ」
「いやいやいや、例えね、不動産屋を一軒回って住み家が見つからなかったくらいで大量服薬をしてしまうメンタルの弱さだったら、これ、ここから先、30、35と、続いていく中でね、もう社会性も何も身についてない状態で、生き残っていけるわけないから、多分僕はそういう人の場合だったら大量服薬をしろっては言いませんけど、多分止めないと思います」
「うーーん、なんか、よく、わかんないけど」と保健師は完全に困りきっていた。「大量服薬はしない方がいいんじゃないでしょうかね」
「はい、じゃあよろしくお願いします」と僕は席を立つ。
「申し訳ないんだけど」と保健師。最後に聞いてくる。「精神科病院には入院したくないんですよね?」
「また〇〇病院に入院するんですか僕?」
「だからしたくないんですよね?」
「僕は〇〇 病院の入院はちょっと…合わなかったんで」
「そうしたら普通の内科の病院とかでちょっとゆっくりしたいとかいう気持ちがあるの?」
「いや、多分、そういうのはないです、けど、サナトリウムには行きたいです」
「あ、サナトリウムみたいな病院がいいの?」
サナトリウムには行きたいです」
「ああ、そうしたら精神科病院じゃないですけど、温泉療養をやってる、クリニックさんはありますよ、もし、よかったら」
「ふーん」と父。
「資料なんか持って来ます?それが合ってるかどうかは別として…」と保健師は資料を取りに行く。そして僕と父も部屋から出て行く。
「なんだって?今の、カタカナの」と父が僕に聞く。
サナトリウム
「俺はそういうことも知らないんだよ、なに?」
「療養施設」
「知ってたの?それで調べたの?」
サナトリウム?調べたことないわ」
「調べてみればよかったんじゃん、療養施設、だからさ」
「いや、でもサナトリウムには行かない方がいいかもしれない」
「なんで」
「いやだって、仕事できないじゃん」
「だって、まずは、仕事の前の話でしょ」
金策のために俺は不動産屋行ったんだから、自分でお金稼げるようにならないといけないっていう、金策を目的としてるんだったら別にサナトリウムに行く必要はない」
「だけど、だったらアパートだったらさあ、何もだって、幾ら何でも、確かに焦る気持ちはわかるけど、急すぎってばさ」

「たまたま思いついたから、それまで閃きが起きなかった」
「閃いたのは、何かが目標ができたんならそれはいいけど、なんでも準備期間が必要なんだぞ」

そうこう話していると、資料を持って保健師がやってくる。資料をもらって僕らは家に帰る。

家に着く。
ドン・キホーテには行ってくるからね」と僕は言う。庭に降り、自転車のサドルに尻を付けるや否や、父親が言う。「俺がここでぶん殴ったらやめるのかよ」父親の顔を見ないで僕は「行って来まーす」と言って後ろから大きい石でも飛んでくるんじゃないかと思いながら、薬を求めて発車する。